梅雨の流れに
いよいよ梅雨の季節がやってきました。潤沢な雨が降り地上を濡らし、春の植物の芽吹きや成長に養分を使い切った大地に潤いが戻り、水分がたっぷりと必要になる暑い夏への準備が始まります。人にとって梅雨は少しばかり厄介です。晴れ間があったとしても短く、出かけるのがどうしても億劫になりがちですから。しかしながら、自然にとっては絶好の恵みの期間なのです。田んぼや川を訪れると、その恵みが目に見えて分かります。
田植えが始まるのは、田んぼに栄養が回り出した5~6月頃です。梅雨の雨は、水田の隅々まで水を張らせ、手間暇かけて植えられたお米の稲に活力を与えてくれます。その水路を覗くと見られるのは、水位が上がるのを待ち望んでいた鯉や鮒が嬉しそうに泳ぐ姿。田んぼのなかでも大小さまざまな生物が動いていて、養分が豊富にあることを表しているようです。
山、森、田んぼ。それぞれを旅してきた水たちは、豊富な養分を含みながら湖へと流れ込んでいきます。その養分を摂取し、活力を得るのが鮎。鮎たちは湖から川へと駆け上がっていき、福田屋の主は投網でその日のゲストに必要な数だけの鮎を捕まえます。雨がもたらす養分がこの地域の鮎を一気に成長させるので、食べ頃を迎えるのが6、7月。最も美味しく食べられるサイズは5~6寸。今回の鮎はまさにそのベストな状態のものです。
鮎はとても繊細な魚で、水が綺麗な場所を好み、その水がなくなってしまえばすぐに死んでしまいます。したがって美味しい鮎を食べるには、産地に行き、獲りたてをなるべく早めに頂くことが理想です。しかし、獲りたてをただ焼けば美味しく頂けるかというと、そういうわけではありません。そのため家庭での調理が難しい、素朴な存在でありながら、非常に贅沢な食材なのです。
福田屋では囲炉裏で塩焼きします。主の一樹さんが囲炉裏に炭を用意し、生きた鮎を掴み、手際よく美しいS字に串刺しします。炭の加減もとても重要です。焦って強火であぶってしまうと外だけが焦げ、中は生焼けになってしまい、せっかくの鮎が台無しになります。丁寧に火加減を調節しながら、じっくりと焼き上げないといけないのです。軽く焼き目がつき出し、ほのかに香りが立ち始めたら、いよいよ食べ頃。その上質な味は、この時期の究極のご馳走だと、頬張った瞬間に皆さんが感じるはずです。
一時的に雨が止み、夕方がやってきた時、福田屋の辺りには独創的なオレンジ色の空が広がります。その光景を目の前に、滋賀の栄養豊富な水が成した味を食す。この組み合わせは、忘れられない梅雨の記憶となるでしょう。